2023年以降、日本の航空業界はパンデミック後の需要回復という追い風を受け、新たな経営環境に移行した。本稿では、日本の航空市場を占有する日本航空（JAL）とANAホールディングス（ANA）について、公表されている財務データ、運航実績、および事業戦略に基づき、両社の経営実態を定量的に比較分析する。

1.財務対決：収益規模と利益率の定量的比較

過去10年間の連結財務データは、両社の経営指標における明確な違いを示している。

2024年3月期の連結営業収益は、ANAが2兆559億円、JALが1兆6,518億円であり、ANAの収益規模はJALの約1.24倍である。この収益規模の差は過去10年間一貫した傾向であり、ANAの広範な国内線ネットワークと大きな事業基盤を反映した結果である。

一方で、営業利益率を見ると、異なる傾向が観察される。2024年3月期においては、ANAが10.1%、JALが8.8%とANAが上回った。しかし、コロナ禍前の平時（2016年度～2020年度）においては、JALの営業利益率は平均11.7%と、ANAの平均7.0%を恒常的に上回っていた。これは、JALが事業規模に対し、より高い利益を創出する収益構造を有していたことを示唆する。

財務ハイライト（2024年3月期）

項目	JAL（日本航空）	ANA（全日本空輸）
営業収益（売上高）	1兆6,518億円	2兆559億円
営業利益	1,452億円	2,079億円
営業利益率	8.8%	10.1%
有利子負債	8,872億円	1兆2,176億円
自己資本比率	34.9%	29.3%

注：JALの営業利益はIFRSにおける調整後営業利益。ANAの営業利益は日本基準。出典：JAL・ANA 各社2024年3月期決算短信、有価証券報告書より作成

財務健全性を示す自己資本比率は、2024年3月期末でJALが34.9%、ANAが29.3%であった。また、有利子負債はJALの8,872億円に対し、ANAは1兆2,176億円と、JALがより低い水準を維持している。この財務構造の違いは、将来の市況変動に対する財務的耐久力に差を生じさせる要因となり得る。

営業収益・営業利益 10年推移（億円）

年度	JAL 営業収益	ANA 営業収益	JAL 営業利益	ANA 営業利益
2015	13,447	17,134	1,796	915
2016	13,366	17,911	2,091	1,364
2017	12,889	17,652	1,703	1,455
2018	13,832	19,717	1,745	1,645
2019	14,872	20,583	1,761	1,650
2020	14,112	19,742	1,006	608
2021	4,812	7,286	-3,983	-4,647
2022	6,827	10,203	-2,394	-1,731
2023	13,755	17,074	645	1,200
2024	16,518	20,559	1,452	2,079

注1：2021-2022年度はコロナ禍の影響で両社とも営業赤字を記録。注2：JALの営業利益はIFRSにおける調整後営業利益。出典：JAL・ANA 各社決算短信、有価証券報告書（2015-2024年度）より作成

2.利用者数（旅客輸送実績）のトレンド分析

過去10年間の輸送実績は、ANAが一貫してJALを上回る旅客数を輸送していることを明確に示している。2024年度（2025年3月期）の合計旅客数はANAが4,887万人であったのに対し、JALは3,909万人であり、ANAが約1.25倍の規模となっている。この差は、ANAがより大きな機材と広範な国内線ネットワークを有していることの直接的な結果である。

ポストコロナの回復局面では、両社ともに国際線が成長の牽引役となった。旺盛なインバウンド需要を背景に、2024年度の国際線旅客数はJALが前年比52.4%増の663万人、ANAが同91.6%増の807万人と、両社ともに急回復を遂げている。

しかし、輸送の「量」だけでなく「質」に目を向けると、座席利用率（ロードファクター）において異なる傾向が見られる。ANAが輸送量で優位に立つ一方、JALは特定の期間においてANAを上回る高い利用率を記録することが少なくない。これは、JALが需要予測に基づき、より厳格な規律で座席供給（キャパシティ・マネジメント）を行い、1便あたりの効率性を重視していることを示唆している。

この違いは、両社の根本的な戦略を反映している。ANAは、その規模を活かして市場シェアを確保し、乗り継ぎ需要の獲得や法人契約の優位性といったネットワーク効果を最大化することで収益を上げるモデルである。対するJALは、提供する座席をいかに効率よく埋めるかを重視し、便当たりの収益性を高めることに注力している。財務戦略における「規模のANA」と「効率のJAL」という構図が、運航戦略にも明確に表れているのである。

10年間の旅客輸送実績（2015年度～2024年度）

年度	会社	国際線旅客数 (千人)	国内線旅客数 (千人)	合計旅客数 (千人)	国際線利用率 (%)	国内線利用率 (%)
2015	JAL	8,241	31,525	39,766	80.3	66.8
	ANA	7,208	43,203	50,411	75.8	65.4
2016	JAL	8,561	32,320	40,881	81.3	68.4
	ANA	8,167	42,664	50,831	77.3	66.5
2017	JAL	8,602	32,711	41,313	81.5	70.3
	ANA	9,119	42,967	52,086	78.4	68.6
2018	JAL	8,837	34,220	43,057	81.0	72.8
	ANA	9,740	44,150	53,890	79.2	70.9
2019	JAL	9,128	34,917	44,045	81.3	74.3
	ANA	10,093	44,325	54,418	77.2	72.1
2020	JAL	8,277	32,752	41,029	77.1	72.5
	ANA	9,416	42,916	52,332	76.2	71.0
2021	JAL	895	9,510	10,405	24.3	45.1
	ANA	427	12,660	13,087	17.6	42.1
2022	JAL	1,440	18,041	19,481	46.1	61.3
	ANA	825	17,959	18,784	26.6	54.4
2023	JAL	4,348	29,228	33,576	71.8	75.1
	ANA	4,212	34,534	38,746	71.8	72.7
2024	JAL	6,628	32,459	39,087	78.6	80.5
	ANA	8,072	40,798	48,870	79.2	74.9

注：JALの2021年度以降はIFRS基準、それ以前は日本基準。ANAは日本基準。出典：JAL・ANA 各社月次輸送実績、決算短信、統合報告書等より作成

保有機材数比較（2025年3月時点）

航空会社	保有機材数（グループ合計）	主力機材と戦略
JAL	232機	Airbus A350への集中投資。機種の簡素化による整備・訓練コストの削減と、運航効率の最大化を目指す。
ANA	278機	Boeing 787を世界最大規模で運用。3つのサブタイプ（-8/-9/-10）を使い分け、多様な路線需要に柔軟に対応するネットワーク戦略。

注：数値は連結子会社を含むグループ全体の機数。出典：両社公式サイト「保有機材」情報（2025年5月時点）、プレスリリース等より作成

JALは、最新鋭機であるA350への集中投資により、機種の共通化を図り、整備コストやパイロットの訓練コストを削減する効率性重視の戦略をとる。対するANAは、世界最大のボーイング787オペレーターとして、サイズの異なる複数のサブタイプを保有。これにより、路線の需要規模に応じて最適な機材を投入し、ネットワーク全体の収益性を高める柔軟性重視の戦略をとっている。

3.戦略比較：事業ポートフォリオと競争優位性の分析

戦略・ポジショニング比較

項目	JAL（日本航空）	ANA（全日本空輸）
戦略キーワード	非航空事業の収益化とLCC活用	3ブランド体制による航空事業の最大化
ビジネスモデル	FSCを中核に、LCCと非航空事業を育成	FSC、LCC、ハイブリッドの3ブランド体制
競争優位の源泉	財務健全性、国際線ブランド力、革新的ロイヤルティプログラム	国内線ネットワーク、事業規模、ブランドポートフォリオの柔軟性
中核製品・サービス	JALブランド、ZIPAIR、JAL Life Status プログラム	ANAブランド、Peach、AirJapan、ANAマイレージクラブ
最大の課題	ANAに劣る事業規模、非航空事業の収益化	JALに劣る財務体質、巨大オペレーションの複雑性

出典：両社の決算説明会資料、中期経営計画、統合報告書等に基づき筆者作成

JALは、非航空事業である「マイルライフ構想」を事業の柱の一つに位置づけ、決済サービス「JAL Pay」やEコマース「JAL Mall」を推進している。航空事業への収益依存度を低減させることを目的とした事業構造改革である。

ANAは、フルサービスキャリア（FSC）の「ANA」、LCCの「Peach」、中距離国際線を担う新ブランド「AirJapan」の3ブランド体制を構築。これにより、価格帯やサービスレベルの異なる複数の顧客セグメントを自社グループ内に取り込み、航空事業領域における収益機会の最大化を図る戦略である。

4.コロナ以降の戦略：事業ポートフォリオの再構築

パンデミック後の環境変化に対応し、両社は戦略を具体化させている。

JALは、中長距離LCC「ZIPAIR」の路線を拡大し、FSCではカバーしきれなかったレジャー需要層の獲得を目指す。2030年までに非航空・LCC事業の利益構成比を50%まで引き上げるという目標は、事業構造の転換に対する明確なコミットメントを示すものである。

ANAは、新ブランド「AirJapan」を東南アジア路線に投入。FSCのサービス品質の一部（広い座席）とLCCの価格決定メカニズム（サービスのオプション化）を組み合わせることで、特定の成長市場における新たな需要層を獲得する戦略をとる。これにより、ANA本体のプレミアムブランド価値を維持しつつ、ポートフォリオの拡充を図っている。

マイレージ会員サービス比較（2024年時点）

項目	JALマイレージバンク	ANAマイレージクラブ
会員数	約3,800万人	約4,400万人
上級会員制度	JAL Life Status プログラム	プレミアムメンバーサービス
制度の特徴	生涯貢献度を重視（マラソン型）搭乗に加え、クレジットカード決済等の活動もポイント化。	年間搭乗実績を重視（スプリント型） 1年間の搭乗で得られるプレミアムポイント（PP）のみでステータスを決定。
収益への貢献モデル	①エコシステム収益の拡大： JALカードやJAL Pay決済を促進し、金融・決済手数料収入を増加させる。 ②顧客生涯価値（LTV）の向上：非航空領域でのエンゲージメントを高め、航空券の価格感応度を低下させ、長期的な航空利用を促す。	①高単価顧客の囲い込み：搭乗実績に連動させることで、出張等の高頻度・高単価利用者を自社に固定し、航空事業の直接収益を最大化する。 ②提携パートナー収益：巨大な会員基盤を武器に、クレジットカード会社やポイント交換パートナーからの送客・提携手数料収入を確保する。

出典：両社公式サイト、プレスリリース等より作成

ANAのプログラムは、年間搭乗実績に連動する伝統的な「フリークエント・フライヤー・プログラム」である。これは、出張など搭乗頻度の高い高単価顧客をANAに固定化させる効果があり、航空事業の直接的な収益（特に高利益率のビジネスクラス等）に直結する。また、4,400万人という国内最大の会員基盤は、クレジットカード会社等の提携パートナーにとって魅力的であり、提携によって得られる手数料収入も大きな収益源となっている。

5.最重要顧客の維持戦略：JGC vs. SFC

両社の上級会員制度は、一度資格を取得すれば年会費を払い続けることでステータスを維持できる点で共通しているが、その会員を惹きつけ続けるためのアプローチには明確な違いがある。

JAL (JGC)：生涯価値に応じた段階的・多角的な特典 JALの会員維持戦略の根幹は、新しい「Life Status プログラム」そのものにある。これは、単にステータスを維持させるだけでなく、顧客に「より上を目指す」という継続的な目標を与える構造になっている。

段階的なアップグレード特典： Life Statusポイントが蓄積され、「Four Star」「Five Star」といった上位グレードに到達するごとに、特典が追加される。例えば、Four Star以上で空港宅配サービス無料、Five Star以上ではマイル有効期限の無期限化や家族へのJGC会員資格付与といった、非常に強力なベネフィットが提供される。これにより、会員は長期的にJALグループのサービスを使い続ける動機付けを得る。
非航空領域での体験価値提供： JALは、提携する高級ホテル予約サービス「HoteLux」の会費免除や、通信サービス「povo」のデータ通信無料提供など、非航空領域での特典を拡充している。これは、顧客のライフスタイルにブランドを浸透させ、搭乗時以外の場面でもJALの価値を感じさせることで、エンゲージメントを強化する施策である。
特別感の醸成： 上位グレード会員限定のイベント招待や、特別なバゲージタグの提供など、金銭的価値だけでは測れない「特別扱い」を提供することで、顧客の心理的なロイヤルティを高める工夫が見られる。

ANA (SFC)：強力な初期投資の回収と最上位層への特別待遇 ANAの維持戦略は、「SFC修行」と呼ばれる高いハードルを越えて資格を取得した会員の「投資回収心理」と、その先の最上位ステータスへのインセンティブによって構築されている。

SFC資格自体の強力なロックイン効果： SFCは一度取得すれば、年会費を払い続けるだけでスターアライアンス・ゴールドの資格が維持される。この「一度達成すれば永続する」という安心感は、他の航空会社への乗り換えを防ぐ極めて強力な障壁として機能する。多大な時間と費用をかけて資格を取得した会員ほど、その価値を放棄し難い。
最上位層へのインセンティブ（ダイヤモンドサービス）： SFCを取得した後も搭乗を続ける高頻度利用者に対しては、さらに上の「ダイヤモンドサービス」が用意されている。ANA SUITE LOUNGE（ファーストクラスラウンジ）の利用、コンシェルジュサービス、選択式の特典（ANA SKYコインやアップグレードポイントの追加付与）など、SFCとは一線を画す待遇を提供。これにより、最も収益貢献度の高い顧客層を確実に維持する。
生涯実績の評価（ミリオンマイラープログラム）： ANAにも生涯の搭乗実績（ライフタイムマイル）に応じたプログラムが存在する。100万マイル、200万マイル達成で、ANA SUITE LOUNGEの生涯利用権などが付与される。これは、長期的な目標を提供し、最上位顧客のモチベーションを維持するための重要な施策である。

上級会員制度比較

項目	JALグローバルクラブ (JGC)	ANAスーパーフライヤーズカード (SFC)
入会条件	1,500 Life Status ポイントの獲得 + JAL CLUB-Aカード以上の保有	年間50,000プレミアムポイントを獲得し「プラチナサービス」メンバーになる + SFCを申し込む
資格獲得の思想	生涯にわたるブランドへの貢献度（搭乗＋決済など）	1年間の集中的な搭乗実績
資格維持	対象JALカードの年会費支払い	SFCの年会費支払い
主な特典	サクララウンジ利用、優先搭乗、優先チェックイン、手荷物優遇、ボーナスマイル	ANAラウンジ利用、優先搭乗、優先チェックイン、手荷物優遇、ボーナスマイル
アライアンスステータス	ワンワールドサファイア	スターアライアンスゴールド
会員維持のための主要施策	①段階的特典の提供：上位Starグレード到達でマイル無期限化、家族への資格付与など特典を拡充。 ②非航空領域での価値提供：提携ホテルや通信サービスの優待など、ライフスタイル全般でメリットを提供。	①SFC資格の永続性：一度取得すれば維持が容易なため、スイッチングコストが非常に高い。 ②最上位層への特別待遇：「ダイヤモンドサービス」や「ミリオンマイラー」で、高頻度利用者に特別なインセンティブを提供。

出典：両社公式サイト、プレスリリース等より作成

6.異なる経営指標と戦略を持つ2社の客観的評価

JALとANAは異なる経営指標と戦略を持つ企業であると結論付けられる。ANAは、営業収益や旅客数といった「規模」に関する指標でJALを上回り、そのネットワークを活かして市場成長を収益に繋げる経営モデルを持つ。一方JALは、コロナ禍前の営業利益率や自己資本比率といった「効率性」と「財務健全性」に関する指標で優位性を示してきた。今後の両社の企業価値を評価する上では、JALの「非航空事業の収益化」と、ANAの「3ブランド体制による航空事業の収益最大化」という、それぞれの中核戦略の進捗を客観的に観測していく必要がある。私自身は、両者の顧客ロイヤリティープログラムの質を今後どう維持していけるかに掛かっている気がしている。それぞれの航空会社を利用しているが、コロナ以降クオリティが極端に低下している企業もあるからだ。スイッチングコストをかけてでも、別のサービスを求める人はいるのではないかと私自身は予測している。となれば、現在のシェアも大きく差が開いてくる可能性も十分に考えられる。今後の各社の動きにも、今後注目だ。

資料：日本航空・ANAホールディングス各社2024年3月期決算短信、有価証券報告書、統合報告書等